1991年から2005年までF1に参戦していたコンストラクター。日本のエンジンサプライヤーから多くのエンジン提供を受けていた。アイルランド出身のエディ・ジョーダンが設立した。参戦初年であるにもかかわらずワークス仕様であるフォードHBエンジンを獲得し、スポンサーにペプシ社の7upや富士フィルム、SHOEIなどを獲得した。7度ワールドチャンピオンになったミハエルシューマッハはメルセデスベンツからの資金を持参し、ジョーダンでデビューしている。1998年に無限エンジンを搭載したマシンでデイモン・ヒルが初優勝。コンストラクターズで4位に食い込む結果を残す。翌年は、ハインツ=ハラルト・フレンツェンが2勝をあげ、コンストラクターズ3位に入る。2000年代に入ると成績は低迷し、ドライバーに佐藤琢磨を向え、エンジン使用料の減額されるも、メインスポンサーが次々と撤退し資金難に喘ぐこととなる。その後、佐藤を起用しても減額措置がなくなったことなどからエンジンを使用量の安いコスワースなどに買え、更に低迷し最下位争いをすることになる。2005年にミッドランドグループにチームを売却、エディ・ジョーダンはチームを追われ、2006年以降はMF1として活動している。